今日のサザンビーチ と今日はとうとう大晦日


今日朝9時の線量は0.044μSv/h。そしてこの24時間は、43〜53で推移していたようだ。ピークは昨日17〜19時。雨が強かった時間である。やっぱりその時間にウロウロしていてかなり濡れてしまった。被曝したなあ。
とか書いて、後ろに(笑)とかwwwとかを付けられないのがコワイよなあ。そんな世の中になって、まもなく二度目の正月である。反原発でも脱原発でも卒原発でも、あるいは原発推進でもいいんだけど、みんなちゃんとナニかを考えて、投票であれ、デモであれ、誰かに意見を言うことであれ、あるいは話題にすることであれ、どんどん考えて、なんらかの行動に反映させていかないとダメなんだと思う。
そもそも原発の事件と、地震は関係がない。いや、関係がないというと語弊があるか。もちろん宮城を中心に大震災の被害はハンパなく大きかった。しかし神戸でも地震があったように、天災はこの国をたびたび襲う。しかし天災が過ぎ去ったあと、この国の人々はいつも、逞しく復興を遂げてきた。自然に奪われた命は戻らないけれど、失われた暮らしは、いつか取り戻すことができる。すくなくとも人間の一生というタイムスパンのなかで。
しかし核事故が及ぼす被害は、人間という生きものの関われる時間を、大きく超えてしまう。いまこの拙い文章を読んでいる人間は、たぶん50年もすれば大方あの世に行っちゃうわけだから、たぶん福島県の環境放射線量が事件以前に戻る姿は、誰ひとり見ることができないのだ。もちろん被曝量を勝ってにここまで大丈夫とか決めちゃって、無理やりに元通りっぽく生活することはできるだろうけれど、そういう被曝が人間の体にどういう影響を及ぼすのかは、数十年してみないとわからない。
原発事故は、多くの人間の人生を大きく変えた。生活の場を追われた人も多いし、この茅ヶ崎でも、放射線を恐れて移住した人間を、何人も知っている。そして、1950年代から積み上げてきたこの国のシステムをも、大きく問い直すことにつながった。まあ、ナニも変わっていないふりをして、これからも体勢を維持していこうという勢力が思いのほか大きく強いけれど、大きな目で見れば、2011年は大東亜戦争敗戦の次に記録される、日本史の大きなピリオドになっていると思う。キリスト紀元でBC(紀元前つーけどつまりBefore Christ)/AD(主の年)とか、戦前/戦後と同様の、歴史の分岐点になってると思う。そしてフクイチ後がどんな未来になっているかは、我々が決めるのだ。

Author: shun

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