渋滞の時間は、ステキなリスニングタイム。

大昔、カーオーディオの専門ムック本を作ったなあ。たとえば1時間、同じ道路の上で時間を過ごすあの人とこの人。あの人が、ただ無為にハンドルでも指で叩きながら、ちょいとイライラしている1時間に、この人は極上の音響空間に包まれて、大好きなアーティストのサウンドに身を委ねていたとしたら、あの人とこの人の人生の豊かさは、いつか、おそろしいほどに差がついてしまうだろう。

と、そんなことを考えて、企画書作って出版社に持ち込み、趣味をオシゴトにしたワタクシ。当時の愛車を、そこそこ名の知れた東海地方のカーオーディオショップに持ち込み、それなりのシステムをインストールしたり。友人のK巨匠と一緒に、高価なマイクだの測定機材を持ち込んで計測したり、いろんなジャンルのソースを試聴したり。

結果はもちろん、ノーマルのカーステとは比較にならない音場空間が得られたけれど、しかしそのためのクルマの加工は、スピーカーを取り付けるバッフルボード化すべく、ドアの内張などほとんど全面的な材木による新規製作だったり、防振のための鉛のシートでドアは重くなったり、そりゃもう凄まじいものとなった。さらに、クルマのエンジンをかけたり、あまつさえ走ったりすると、せっかくの素晴らしいサウンドが大きくスポイルされるという、もー、なんのための機器だかわからなくなりそうな、本末転倒感。そして言うまでもなく、デッキにアンプ、スピーカーなどの機器や車体加工とインストールの費用は、冒頭に記したような人生が豊かになることを最大限に考慮しても、費用対効果に悩んでしまう金額……。それでも確かに、クルマの中にいる時間の密度は、間違いなく深く、濃いものとなった。

それが2004年にトツナンで片耳を失聴して、音像の定位だとか音場だとか、いわゆるステレオフォニックな再生で得られる音楽の臨場感を喪失。ワタクシはそういう機器の一切合切から興味を失ったのだけど、2011年、友人のY巨匠が、なにを思ったのか、クルマの原稿ではなく、あの頃系メルセデスのためのトレードインスピーカーを企画。まるで町工場のような作業をおっぱじめるという。

で、一般にカーオーディオメーカーのカタログに出てくるトレードインのスピーカーというと、単にクルマにハマってるユニットと同じサイズで、多少マグネットがでかかったり、コアキシャルな2ウェイだったりするのを、同じ場所にはめ込むだけ。なので、f特でも測れば“違う”のかもだけど、実質的にはその効果なんか、ほとんど耳にはわからない(わかるなら、そりゃただドンシャリになっただけだ(笑))し、もちろん取り付け場所はダッシュボードのプラにしろ、ドア内張のパーティクルボードにしろ、純正そのままのヘロヘロなんだから、前よりボリュームあげられるわけもない。そしてW124純正のフロントスピーカーは、同時代の国産車よりゃ多少はシッカリしてるものの、バッフルボードなんてとても呼べないプラスチックなダッシュボード上面左右に、どうでもいいような円形のユニットがはまってるだけの、ラジオ仕様(笑)。この場所は、音場を作るにはホントいい場所なんだけど、もちろんダッシュボード下は筒抜けで、エンクロージャーもへったくれもない。

しかしY巨匠の作ろうとしていたトレードインスピーカーは、まず、純正のスピーカーがハマってたあたりの空間をすべてエンクロージャー容積とするFRP製の“密閉型のスピーカーボックス”に、高性能なフルレンジユニットを強力なカーボンのバッフル板でマウントしたユニットを、スピーカーまわりの空間そのものをトレードインするように、純正ユニットの跡地にバコンとはめ込むという仕組みだった。うひゃー、こりゃ、目の前にマトモなスピーカーボックスが鎮座してんだもん。いい音だわ。しかも、ダッシュボード上面から出る音は、いい感じにフロントグラスに反射して拡散するから、直接、ユニットからの音が耳に突き刺さる感じもない。

ワシの下駄グルマはそのための採寸や実験台とかになりながら、結果的に製品版と多少の違いはあるものの、そんなトレードインのフロントスピーカーを搭載したのだった。ま、このシステムにも問題はあって、1に、新しいフルレンジユニットは、既存ユニットのねじ穴におさまる寸法以下の、新規製作のバッフルボードに装着するから、純正より小口径にならざるを得ない。なので、決していい音ではなかった純正ユニットなんだけど、物理的にはどうしても低音が落ちる。2に、新しいフルレンジユニットの性能が高く、シッカリとした音で鳴るもんだから、ぼえーんと鳴ってた純正ユニットだったときより、より低音の不足を強く意識させちゃうことになる。つまり、このシステム、サブウーファーとの協調をセットで組み込むべきカーオーディオなのである。

で、ワシのクルマはサブウーファーを組みにくいライトバン(爆)なのだが、2012年には、スペアタイヤの内側スペースに収まるサブウーファーを、これまたドナーとして商品撮影なんかに協力しながら装着。そんなこんなで、なんか勢いで書き始めたらめっちゃくちゃに長い日記になっちゃったけど、こうして道路の上に小一時間、前でなにが起こってるのかさっぱりわからないが、おかげで大好きな音楽に、どっぷり浸かってシャーワセに過ごすことができたという話だ。片耳だろうが、モノフォニックだろうが、いい音は、やっぱりいい音なのよ。ていうか、実は耳が片方死んだら、より、音質に対する要求度が高くなるのは、また別のときに書こうと思う。

なお、このスピーカーのシステム、欲しい方は下記WEBへ。ただし、残念ながらこの音を享受できるのは、現在のところ、メルセデスのW124と、MAZDA RoadsterのNA、NDオーナーだけである。

custom-fit ultimate sound“YAMAGUCHI” Speaker System

Author: shun

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