この空の下にみんないる、とか思ってたら、知らないうちに誰かが、いなくなってたりするのだ。
かつての同業であり、ちょっとだけ年上の古い友人Oさんが、今年1月に亡くなっていたということを知った。同じ誕生日なんて因縁もあったりで、よく一緒に仕事をしたし、共著の書籍も何冊かあるし、スキーにもしょっちゅう一緒に行った。12月の志賀がワタシ、1月の斑尾はOさんが幹事だったなあ。最後のリフト下りてさらに山頂までワインにチーズを持って上がってプチ宴会するなんて洒落たことが好きだった。酔っぱらってあのコブ斜面下りるのは恐いんだが。学芸大の喫茶店、深夜のファミレス、秋葉原、そしてあっちこっちの雀荘にパチンコ屋。週に数度は会っていた時期もあった。女には、自ら“病気”というほどに、だらしなく、かつ優しかった。なので、お互いろくな死に方しないかもとか言ってたが、就寝中にクモ膜下出血で亡くなったとか。ある意味安らかなのか。しかし再婚したての妻と、まだ幼い子どもを残して逝くのは、やはりろくでもないのか。
実はmixiにもいたことを、今日知った。案の定、ほとんど日記なんて書いちゃいないんだけど、mixiにいた1年ちょっとの間の16個の書き込みに、Oさんのいろんなことが凝縮されていて、知らなかったいろんな思いがあふれていて、泪が出てしょうがなかった。なんで音信が途切れちゃったんだっけなあ。なんでたまには電話したり、学芸大に行ったりしなかったのかなあ。もうマイミク申請しても、きっと承認してくれないんだろう。
せめてこの空が、どこだかしらないが、そっちとどこかでつながってるといいなあ。