いまより十日ばかり前の、亥の刻というからおよそ午後22時頃、東海道茅ヶ崎一里塚のほど近くに、黒松を囲んだ男たちを見ることができる。それが切られてから知ったのであるが、ここに、高さおよそ20メートルという松の木があった。樹齢およそ二百年ほど。江戸時代の東海道の並木だったという。二百年前というと、おそらく寛政の世は過ぎていようから、鍵師・助治郎の報謝宿が南湖にあったという頃には、まだこの黒松は植えられていない。

え、鬼平犯科帳はフィクションですか。そうですか。え、用法も違う? そりゃそうです。(^^;