今日朝9時の茅ヶ崎の線量は50nGy/h。昨夜から50に上がったままだ。ビーチでは海の家の解体が進む。あっちゅー間に影も形もなくなる家、遅々として作業が進んでないように見える家。構造や工法にもよるんだろうけど、いろいろあって面白い。
読売TVの番組(とーっても見たいのに放送してないたかじんの番組)で、原子力安全委員会にいたことがありながら反原発に転向した名物教授が、一関市の放射線数値を例に「東北の野菜や牛肉を食べたら健康を壊す」などと発言し、一関市長がメールで抗議したそうな。武田教授は「いま、東北で農作物を生産するのは間違い」だと言い、一関の勝部市長は「農家の感情を逆なでする非常識な発言だ」と怒ってるそうな。
さーて、これは風評か? 風評と言えば風評である。その放射能汚染環境下で作った作物、育てられた酪農製品にどれだけの放射性物質が含まれて、それを食べることでどう健康を壊すのか、具体的な実証データがまだないからだ。
じゃあ、風評なのか? いや、高汚染下で植物を育て牛や豚を育てるんだから、当然、汚染物質はその内部に取り込まれるだろう。そしてそれを食する人間は確実に内部被曝し、発ガンリスクは当然高まると考えるのが自然だとするならば、その教授の言ってることは事実であって風評ではない。少なくとも、それを風評だと断じるだけの実証データも、また存在しないのだ。
だから一関市長は抗議で、「健康被害はない」とは言っていない。言えるわけがない。「感情を逆撫でする」と言っているのだ。感情を逆撫でしようがしまいが、それが事実なら多くの国民の健康のために、ハッキリ言わなければならない。それを言わないのは、怒る人間に配慮をして、多くの国民の健康をカタに、丁か半かサッパリわからないバクチに挑んでいるのと同じである。もし負けたら、あとで多くの国民の健康被害というカタチで、ツケを払うことになるだろう。
どうもこの国は、あぶないかも、とか思ってることはもちろん、明白な事実さえ、それで困ることになる人間に配慮して、嘘をつくようだ。「いつ家に帰れるんだ?」と詰め寄る原発の周辺住民に対して、そんなことができる目処は1mmも立ってなくて、それどころかおそらくは無理だなとか思ってるくせに、なるべく早く除染するとか、なるべく早く実現させるとか答えちゃう。食物や人間の被曝に関して、この数値では誰かが困っちゃう、ということになると、安全とされる数値を根拠なく変えちゃう。こりゃオカシイと思った人がなにかを言うことで、誰かが困るようなことになると、それは風評だと言う。
そして、国がそこまでして守りたい、その誰か、とは、もちろん広く国民のことではなく、被害にあった人々でもなくて、一握りの、ある特殊な人々のことなんである。