今日朝9時の線量は0.039μSv/h。そしてこの24時間は37〜45で推移していたようだ。ピークは4〜5時だが雨模様の昨夜22時以降は午前8時まで40超の推移だ。

朝日・毎日 v.s 読売・産経といえば、原発再稼働である。それはすなわち大津地裁 v.s 福岡高裁の判断でもある。どっちも問題にしていたのは、住民の避難問題だ。原発安全神話が崩壊した1Fぶっ飛び事件で、周辺の多くの住民が、撒き散らされた放射性物質で被曝した。SPEEDIのデータは活かされず、情報は隠蔽・遮断され、住民たちは独自の判断で逃げ惑い、結果的には、わざわざ線量の高いエリアへ逃げた人々もいた。
原発が放射能を撒き散らすとき、住民をどう避難させるのか。大津地裁は、それは国の責任であり、高浜はそれが未整備だから住民が危機にさらされている、という判断で稼働停止の仮処分を決定し、一方の福岡地裁は、川内でなんかあったときに住民全員がスムーズに避難できないことなどの不備を承知の上で、それを“避難計画がないというわけではない”とかいう理屈で封じ込めた。さらに、争点だった桜島などの火山の問題は、原発がぶっ飛ぶほどの火山の噴火を、事前に的確に証明できないかぎり、無視していいリスクだと断じた。つまり周辺住民は“社会通念”上あり得ないと思われた事故で被曝しても、しょうがない、という話である。
前に書いたけど、社会通念なんてものは言うまでもなく立ち位置によって、みんな違うのだ。住民の安全に立てば、んなもんぶっ飛んで放射能かぶるのわかってるのに動かして、ドーンといってみんな放射能かぶった、なんてのは無作為の極みだろうし、逆に産業界の立場に立てば、1日5億円もの損害出しながら、火山の噴火なんてあるかどうかもわからない災害に備えて原発止めるなんて、クソバカの所行だろう。
最大の問題は、原発は、なんかあったらぶっ飛ぶということがわかったから、その基準のレベルに議論はあるものの、規制委という新しい組織が新基準を定めたりしたわけだけど、しかしそこに、避難計画が入っていないということだ。新基準を満たせば原発はぶっ飛ばない、という、これは新たな安全神話が生まれようとしているだけではないのか。朝日・毎日 v.s 読売・産経、そして大津地裁 v.s 福岡高裁の主張や判断の違いは、結局その神話を信じるか、信じないかの差異だったりするのかもしれない。