今日のサザンビーチ と今日の放射線量


今日朝9時の線量は0.040μSv/h。そしてこの24時間は38〜40で推移していたようだ。
関西電力は昨日、家庭向け電気料金が平均10.23%、企業向けも13.93%の再値上げを経済産業省に申請した。毎日新聞によると、たとえばオール家電の契約で1662円高くなって1万6518円、事業所や工場の低圧電力契約では1315円高の1万7440円になるという。平均の値上げ幅と実際の価格が逆転してるようにも思うが、とにかく税制を中心に、原発を取り巻くいろんな環境がねじれまくってる現状をそのままにした上での、原発ストップの費用を総括原価方式で利用者が負担すると、そんなもんだっちゅーことだ。
原発をゼロにすると決めたドイツも、電力料金が上がった。しかし先に描くべきビジョンがあるから、それは来るべき未来を実現するための必要なコストとして、国民は納得して負担する。国民がそれを決めた(原発で起こしたフランス産の電気を買えるからだという話は別にして)んだから、当たり前のことだ。
日本は、ビジョンがない。原発が必要だというのは、グローバル化からこっち、あるべき未来の理想ではなく目先の利益が最重要課題となっている電力会社の論理である。そして本来なら、あるべき未来の姿を語るべき政治が、経済界の手先として「原発はエネルギー供給の重要なベースロード電源」という現状の追認をまるで国家ビジョンのように唱えるから、電気代の値上げが「それがイヤなら原発を動かせ」という単なる恫喝の材料になってしまうのだ。
関電はその昔、黒部の太陽にも描かれたように、自然と対峙しながらも自然を敬い、多大な犠牲を払って自然のエネルギーを電力に変えてきた歴史があったはずなのに、いつのまにやら日本で一番原発依存度の高い電力会社になっていた。そして福島で、撒き散らされた放射性物質が人の立ち入りを拒むという、実質的に美しい国土が世紀を超えて失われるという恐るべき事実を目の当たりにしながら、それでも目先の経済活動しか眼中にない。そして総選挙で二者択一を迫られた国民は、電気料金の値上げよりも原発の再稼働を選択してまった。ていうか不思議なことに、そもそも原発の問題は、争点にさえならなかったんだったなあ。
当たり前のように、そこにある豊かな自然。しかし日本人は、その素晴らしさ、その有り難さを簡単に忘れてしまえる国民であるようなのだ。

Author: shun

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